午後で「本社と営業所をつなぐ」「クラウドと社内をつなぐ」話が出ると、ほぼ必ず IPsec が登場します。 一言で言えば「インターネットの上に、暗号化された専用の通り道(トンネル)を作る」仕組みですが、設問に答えるには 「鍵をどう決めるか、パケットをどう包むか、その上で経路制御をどう動かすか、切れたらどう気づくか」まで必要です。 本社と営業所 1 か所の例で、動作の順番どおりに説明します。
本社の LAN(192.168.1.0/24)と営業所の LAN(192.168.2.0/24)の PC 同士が、プライベートアドレスのまま通信したい。これが出発点です。 選択肢は大きく 2 つあります。
| サービス | 何か | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| 専用線 | 2 拠点だけで占有する物理回線 | 帯域保証、最も安定 | 非常に高い。拠点が増えると線の本数が爆発する |
| IP-VPN | 通信事業者の閉域 IP 網。中では MPLS のラベルで利用者ごとに分ける。拠点のルータは事業者の PE ルータにつなぐ | 閉域なので暗号化不要。多拠点を 1 契約で収容 | 高い。事業者の網内のルーティングに従う(経路は BGP で事業者と交換するのが普通) |
| 広域イーサネット | 閉域の L2 網。拠点同士が 1 つの LAN のように見える | 自社で自由にルーティング(OSPF もそのまま流せる) | 高い |
| インターネット VPN | 各拠点が普通のインターネット回線を引き、ルータ同士が IPsec でトンネルを張る | 安い。回線はどこでも手に入る | ベストエフォート。暗号化・認証を自前で行う必要がある |
インターネットを通る以上、途中で盗聴・改ざん・なりすましがあり得ます。そこで必要になるのが次の 3 つで、IPsec はこれを一式で提供します。
R1 と R2 は、まず IKE(Internet Key Exchange、UDP 500 番)で会話を始めます。最初にやるのは「お互いが本物か」の確認と、以後の会話を守る鍵の合意です。 本物かどうかの確認方法は 2 つあります。
この段階で結ばれる約束(使うアルゴリズム・鍵・有効期間の組)を IKE SA(Security Association)と呼びます。IKEv2 ではこれを IKE SA、次の段階を Child SA と呼びます(令和4年 午後Ⅰ問2 の空欄)。
IKE SA で守られた会話の中で、今度は実データを暗号化するための鍵と範囲を決めます。範囲とは「どの送信元からどの宛先宛てのパケットをトンネルに入れるか」で、セレクタ(平成28年 午後Ⅱ問2 の空欄)と呼びます。 図1 なら「192.168.1.0/24 ⇔ 192.168.2.0/24」です。
結ばれた約束が IPsec SA で、方向ごとに 1 本(行きと帰りで 2 本)できます。各 SA は SPI という番号で識別され、受信側は SPI を見て「どの鍵で復号するか」を決めます。
鍵には有効期間があり、切れる前に新しい鍵を作り直します。これがリキー(平成28年 午後Ⅱ問2 設問2(1))で、通信を止めずに行われます。
営業所宛てのパケットが R1 に届くと、R1 はパケット全体(元の IP ヘッダごと)を暗号化し、前に ESP ヘッダ、後ろに ESP トレーラとESP 認証データを付け、さらに外側に新しい IP ヘッダを付けます。 新しい IP ヘッダの送信元・宛先は R1・R2 のグローバル IP アドレスです。インターネット上のルータはこの外側ヘッダだけを見て転送するので、中のプライベートアドレスは見えません。
| 部品 | 役目 | 暗号化されるか |
|---|---|---|
| 新 IP ヘッダ | インターネットを渡るための宛先(R2 のグローバル IP)。プロトコル番号 50=ESP | されない(されたら誰も運べない) |
| ESP ヘッダ | SPI とシーケンス番号。受信側が「どの SA の何番目か」を知る | されない(されたら復号の手がかりが消える) |
| 元の IP ヘッダ+TCP+データ | 本来のパケット | される |
| ESP トレーラ | ブロック長を合わせるパディングと、中身のプロトコル番号 | される |
| ESP 認証データ(ICV) | ESP ヘッダからトレーラまでのハッシュ。改ざん検知 | されない(暗号化後に計算する) |
関連する 3 つの用語を区別しておきます。
IPsec には「相手が落ちた」ことを知らせる仕組みが元々ありません。そこで DPD(Dead Peer Detection)という「生きてますか」の問合せを IKE で定期的に送り、応答がなければ SA を破棄して再接続やバックアップ経路への切替えを行います。 トンネル上で OSPF や BGP を動かしていれば、それらの Hello/KEEPALIVE が途切れることでも検知できます。令和6年 午後Ⅰ問2 設問4(2) の「IPsec トンネルに障害があった場合の検出を高速にする」は、この監視間隔を短くする話です。
セレクタで「この範囲の通信はトンネルへ」と決める方式(ポリシーベース)は、拠点が増えたり経路が変わったりするたびにセレクタを書き直す必要があります。 そこで実務では、トンネルを仮想的なインタフェース(Tunnel0 のような名前)として扱い、普通の経路制御でトンネルに向ける方式(ルートベース)を使います。
こうすると、トンネル IF の上で OSPF を動かし、拠点が増えても経路を自動で学べます。ただし 1 つ問題があります。
GRE over IPsec(トランスポートモード)のパケット
[新IPヘッダ][ESPヘッダ][GREヘッダ][元IPヘッダ][TCP/UDP][データ][ESPトレーラ][ESP認証]
└──────── 暗号化 ────────────────────┘
平成28年 午後Ⅱ問2 設問4(3) は、この並びを答えさせた
近年の機器は GRE なしでマルチキャストも通せる VTI(Virtual Tunnel Interface)を持つので、問題文に「トンネルインタフェース」とだけ書かれることもあります。どちらにせよ「トンネル IF=ルータ同士の仮想直結リンク。その上の OSPF はポイントツーポイント」と読めば十分です。 トンネル IF に個別のアドレスを振らず他の IF のアドレスを借りる設定が IP unnumbered(令和6年 午後Ⅰ問3 設問1(5)「インタフェースに IP アドレスの割当てを行わない設定」)です。
インターネット VPN は切れることが前提なので、本番の設計では必ず冗長化します。パターンは 3 つです。
| 構成 | 切替えの仕組み | 設問になる点 |
|---|---|---|
| 閉域網がメイン、IPsec がバックアップ | 両方に OSPF を流し、IPsec 側のコストを大きくしておく。メインが切れると自動で IPsec 経由になる | コスト設計(平成28年 午後Ⅱ問2 設問5(5)「専用線経由のコスト 200 がインターネット VPN 経由の 230 より小さい」)、切替え時間、切戻し |
| 2 本の回線で負荷分散 | コストを等しくして ECMP | どのトラフィックがどちらを通るか(フロー単位のハッシュ) |
| 拠点に VPN ルータ 2 台 | LAN 側は VRRP で 1 つの仮想 IP。WAN 側の障害はトラッキングで VRRP 優先度を下げて切り替える | VRRP マスターと WAN 回線の対応(平成28年 午後Ⅱ問2 設問5(4)「VRRP のマスタルータが稼働する機器に接続された WAN 回線を経由」) |
IPsec トンネルを何十拠点分も手で設定・監視するのは現実的でないので、コントローラが全拠点のルータに設定を配り、トンネルを自動で張る仕組みが SD-WAN です。SDN の考え方(制御を集中、転送は各機器)を WAN に当てはめたものです。
従来の企業ネットワークは、全拠点のインターネット通信を本社のプロキシと FW に集めて一括で検査していました。Microsoft 365 のような SaaS が増えると、この構成では本社回線とプロキシが詰まり、拠点から見て遅くなります。 そこで「信頼できる SaaS 宛ての通信だけは拠点から直接インターネットへ出す」のがローカルブレイクアウトです。
| 論点 | 内容 | 出た年度 |
|---|---|---|
| 何を直接出すか | 特定 SaaS 宛ての HTTPS だけ(SaaS 事業者が宛先 IP/FQDN を公開している) | 平成30年 午後Ⅰ問1 設問3(4)、令和7年 午後Ⅰ問3 設問3(5) |
| どうやって振り分けるか | SD-WAN ルータのアプリ識別、または PAC ファイルで「この宛先はプロキシを使わない(DIRECT)」と PC に指示 | 令和6年 午後Ⅰ問3 設問2 |
| 利点 | 本社プロキシ・FW・回線の負荷軽減、RTT 短縮 | 令和6年 午後Ⅰ問3 設問2(4)、令和7年 午後Ⅰ問3 設問3(5) |
| 欠点 | プロキシを通らないのでアクセスログや URL フィルタが効かなくなる。送信元 IP が拠点のグローバル IP になるので、SaaS 側の送信元 IP 制限を変更する必要がある | 平成30年 午後Ⅰ問1 設問3(5)、令和5年 午後Ⅱ問1 設問3(4)、令和7年 午後Ⅰ問3 設問3(4) |
ここまでは「拠点と拠点」でしたが、「自宅の PC から社内へ」はリモートアクセス VPN で、SSL-VPN(TLS を使う VPN)が主流です。拠点間 IPsec と混同しないよう、位置づけだけ押さえます。
| 方式 | 仕組み | 使えるアプリ |
|---|---|---|
| リバースプロキシ方式 | VPN 装置が社内 Web サーバの代理として応答。ブラウザだけで使える | Web アプリだけ |
| ポートフォワーディング方式 | PC に小さなモジュールを入れ、特定ポート宛ての通信を TLS に乗せて VPN 装置へ転送 | ポートが決まっている TCP アプリ |
| L2 フォワーディング方式 | PC に仮想 NIC を作り、イーサネットフレームごと TLS に乗せる。PC が社内 LAN に直接いるのと同じ | 何でも(UDP、動的ポートも) |
令和4年 午後Ⅱ問1 がこの 3 方式の空欄補充と、クライアント証明書による利用者認証(「クライアント証明書の公開鍵に対する秘密鍵は本人しか保有していないから」)を出しています。平成29年 午後Ⅰ問1 も SSL-VPN のリバースプロキシ方式と TLS ハンドシェイクでした。 認証と証明書の詳細は 認証連携とは、HTTPS の中継は プロキシと SWG とは を参照してください。
| 用語 | 意味 | 午後でのポイント |
|---|---|---|
| IPsec | IP 層で認証・暗号化・完全性を提供する枠組み。IKE+ESP(AH) | 「インターネット VPN」と書いてあればほぼ IPsec |
| IKE | 鍵交換と相手認証。UDP 500(NAT 越えは 4500)。IKEv1 はメイン/アグレッシブモード、IKEv2 は IKE SA/Child SA | 動的 IP の拠点は拠点側から開始 |
| 事前共有鍵(PSK) | 両端に同じ秘密の文字列を設定して相手を認証 | 拠点ごとに変える=漏えい時の影響範囲を限定 |
| SA / SPI | SA=合意した鍵とアルゴリズムの組。方向ごとに 1 本。SPI=SA の識別番号(ESP ヘッダに入る) | ESP ヘッダが暗号化されない理由 |
| セレクタ | トンネルに入れる通信の条件(送信元・宛先の範囲) | ポリシーベース VPN の設定単位 |
| ESP / AH | ESP=暗号化+認証(プロトコル番号 50)。AH=認証のみ(51)、NAT 不可 | 暗号化範囲・認証範囲を図で答える |
| トンネルモード / トランスポートモード | 元 IP ヘッダごと包むか、中身だけ暗号化するか | 拠点間はトンネルモード。GRE 先包みならトランスポートでも可 |
| NAT トラバーサル | ESP を UDP 4500 で包んで NAPT を越える | ESP にはポート番号がないから必要 |
| DPD | IKE による相手の生存確認 | 障害検知の手段の 1 つ。短くすると切替えが速い |
| リキー | 有効期間が切れる前の鍵の更新 | 通信は止まらない |
| GRE | マルチキャストを含む任意のパケットを IP に包む(プロトコル番号 47)。暗号化はしない | OSPF をトンネルに通すために IPsec と組み合わせる |
| VTI / トンネル IF | トンネルをインタフェースとして扱い、経路制御で向ける(ルートベース) | OSPF のポイントツーポイントリンクになる |
| IP unnumbered | トンネル IF に専用アドレスを振らず他 IF のアドレスを借りる | アドレス設計の省力化 |
| MSS クランプ | ルータが TCP の MSS を書き換えて断片化を防ぐ | カプセル化のオーバヘッド分を引く計算 |
| ハブアンドスポーク / フルメッシュ | 本社経由で拠点を結ぶ/全拠点を直結 | 設定量と拠点間遅延のトレードオフ |
| IP-VPN / MPLS / PE | 事業者閉域網。ラベルで利用者を分離。PE=事業者側の収容ルータ | 事業者とは BGP で経路交換、閉域なので暗号化不要 |
| SD-WAN | コントローラがトンネルと経路ポリシーを集中管理する WAN | コントロールプレーン/データプレーン、鍵と IP の配布 |
| オーバーレイ / アンダーレイ | トンネル網/その下の物理回線 | 複数回線をまとめて使える |
| ローカルブレイクアウト | SaaS 宛てだけ拠点から直接インターネットへ | 負荷軽減と引換えにログ・送信元 IP 制限が崩れる |
| SSL-VPN | TLS を使うリモートアクセス VPN。リバースプロキシ/ポートフォワーディング/L2 フォワーディング | 拠点間ではなく個人端末向け |
| 設問の型 | 答え方 | 出た年度 |
|---|---|---|
| 空欄「相手認証に用いる□」 | 事前共有鍵(または証明書) | R6 午後Ⅰ問3、R3 午後Ⅰ問2、H29 午後Ⅰ問3、H28 午後Ⅰ問2 |
| 空欄 IKEv2 の SA の名前 | IKE SA、Child SA | R4 午後Ⅰ問2 |
| 鍵を拠点ごとに変える理由 | 鍵が漏えいした際の影響範囲を小さくできる | R6 午後Ⅰ問3 |
| ESP で暗号化される範囲 | (トンネルモードなら)元の IP ヘッダ、元のパケット、ESP トレーラ。ESP ヘッダと認証データは含まない | R6 午後Ⅰ問3、H28 午後Ⅱ問2 |
| ESP 認証データで確認できること | 通信中に改ざんされていないこと | H28 午後Ⅱ問2 |
| 営業所側から接続を開始する理由 | 営業所の WAN 側 IP アドレスが ISP から動的に割り当てられ、本社側が事前に知れないから | R4 午後Ⅰ問2 |
| GRE(トンネル IF)が必要な理由 | OSPF の情報交換はマルチキャストで行われ、IPsec だけでは運べないから | H28 午後Ⅱ問2、H30 午後Ⅰ問3 |
| カプセル化後のヘッダの並び | 外側 IP → ESP ヘッダ → GRE → 内側 IP → TCP/UDP → データ → ESP トレーラ → ESP 認証 | H28 午後Ⅱ問2 |
| トンネルで起きる性能問題と対策 | ヘッダ増加による断片化で転送負荷が増える。MSS を小さく書き換える | R6 午後Ⅰ問3、H29 午後Ⅰ問3、H28 午後Ⅱ問2 |
| 障害検知の方法・高速化 | トンネル上の BGP/OSPF の Hello 断、DPD、ping 監視。間隔を短くする(BFD) | R6 午後Ⅰ問2、H29 午後Ⅰ問3 |
| メインとバックアップの使い分け | バックアップ側の OSPF コストを大きく(または AD 値で BGP 優先) | H28 午後Ⅱ問2、H30 午後Ⅰ問3 |
| フルメッシュの欠点 | 拠点追加のたびに全拠点の設定変更が必要 | H30 午後Ⅰ問3 |
| SD-WAN コントローラが配るもの | トンネル確立用の IP アドレスと鍵情報 | R6 午後Ⅰ問2 |
| ローカルブレイクアウトの対象・利点・副作用 | 特定 SaaS 宛て HTTPS。本社回線・プロキシの負荷軽減。ログが残らない、送信元 IP 制限の変更が必要 | H30 午後Ⅰ問1、R6 午後Ⅰ問3、R7 午後Ⅰ問3、R5 午後Ⅱ問1 |
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作成 2026-10-28。ネットワークスペシャリスト 科目B(午後)対策。出典は平成28〜30年秋・令和3〜7年春の午後Ⅰ・Ⅱ(IPA 公開問題と解答例)。 関連: OSPF とは、BGP とは、VRRP とは、プロキシと SWG とは、認証連携とは。